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1984年6月、マツダカレッジサウンドフェスティバル(MCSF)に出演。このとき見に来ていたソニー付けのプロデューサーである(尾崎豊などの担当でもあった)「サテュロス」丸沢和宏が聖飢魔IIに目を留め、CBSソニーのオーディションに誘っている。エース長官は第二期聖飢魔IIでは初代ドラマーからギタリストに転向して再参加、再脱退。1984年8月、エース長官再脱退後に一時期参加していたジャントニオババヤシの後続のギタリストとして、再々参加する。1984年9月頃、CBSソニーのオーディションで決勝まで駒を進め特別賞を獲得。やがて地球デビューが決まる。1985年2月18日、王位継承ミサによりダミアン殿下脱退。後継ギタリストとしてガンダーラ・サンゲリア・チグリス・ユーフラテス金子が参加した。ジード飯島もこの時期に脱退し、後続のドラマーとしてジャギ古川が参加。ジャギ古川の在籍した3か月ほどの期間が第3期聖飢魔IIとされる(1985年3月 - 1985年6月まで)。この時期地球デビューに向けたオーディションの結果、1985年6月にジェイル大橋代官とライデン湯沢殿下が加入した。この悪魔事異動により、地球デビュー構成員が固まる。これが第4期聖飢魔IIとされる。1987年2月、デビュー前のギタリストオーディションでは、ジェイル代官とどちらを採用するか悩んだとされる、紫馬肥(むらさきうまごやし)のギタリスト・Sgt. ルーク篁III世参謀が加入。この悪魔事異動により聖飢魔IIは第6期を迎え、以後解散まで悪魔事異動は行われなかった。第6期聖飢魔IIの活動は1987年の小教典「EL・DO・RA・DO」からスタートした この曲は最後の最後まで聖飢魔IIの大黒柱的楽曲として機能していた 11月に発布した大教典『BIG TIME CHANGES』では、ルーク参謀の加入によるバンドの変化が如実に現れていた エース長官とルーク参謀を中心に各構成員が作曲をするようになり、「ヘヴィメタル」とはジャンル分けし難い幅の広い音楽性を持つロックバンドとなっていった。ルーク篁参謀は、「〜悪魔の参考音源10選〜」としてN.S.P.の『FIRST』、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』、Charの『Char』、レインボーの『虹を翔る覇者』、キッスの『地獄の軍団』、アル・ディ・メオラの『エレガント・ジプシー』、カンサスの『暗黒への曳航』、アルカトラスの『ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール』、ヴァン・ヘイレンの『炎の導火線』、エレクトリック・サンの『天地震動〜ジミ・ヘンドリックスの魂に捧げる〜』をあげている。注目しているギタリストでは、DEAD ENDの足立祐二、スティーヴ・ヴァイ、エディ・ヴァン・ヘイレン、渡辺香津美をあげていた。エース清水長官は、普段聴いているアーティストとしてパティ・ラベルとアニタ・ベイカーを、好きなギタリストとしてリー・リトナー、マイク・スターン、パット・メセニーをあげている。聖飢魔IIの地球征服完了後、サタン45世として地獄大魔王に即位したとされる。以後、『ウラビデオ3』等では「ダミアン浜田陛下」と表記されるようになる。魔暦22年(2020年)10月10日、10万59歳という世界最高年齢でメジャーデビューすることを発表。人類への悪魔による洗脳をより強固なものにすべく再び人間界に降臨することを決意し、ヘヴィメタルバンド『Damian Hamada's Creatures』を結成する ギタリストとしてではなく、作詞・作曲・編曲として関わるとのこと 洗脳され、改臟人間と化したさくら“シエル”伊舎堂とプログレッシヴ・ロック・バンドである『金属恵比須』の大地“ラスプーチン”髙木、ケン“アレイスター”宮嶋、マスヒロ“バトラー”後藤、秀貴“ジル”栗谷、宏美“ローズ”稲益がメンバー。「当時地獄の皇太子だったダミアン殿下の衛兵として将来を嘱望されていたが、殿下が実父にして当時の大魔王サタン44世陛下危篤の知らせを受けて地獄に帰還する際、金で買収されて神の側に寝返ったため地上に追放された」とされる。追放後は、世を忍ぶ仮の姿で証券会社に就職したらしい。銀色の顔に赤いモヒカンヘアという容姿が特徴で、この容姿は後にライデン湯沢に一時的に受け継がれた(初期のライデンはジードに似た銀色の顔に赤いモヒカンヘアという容姿だった)。聖飢魔IIが地球デビューする前、エース清水が初代ドラマーを退任してギタリストとして聖飢魔IIに復職するまでの期間にドラマーを担当していたが、彼はすべての曲を同じ速度で叩いていたと言われている。B.D.4年(1995年)に発布された聖飢魔IIのミサビデオ作品『オール悪魔総進撃! The Satan All Stars』内のダミアン浜田殿下とデーモン閣下の対談では、ダミアン浜田殿下が「魔界と地上では重力だとか、空気の密度だとか、その辺が違うんで、例えばドラマーにせよ、ついスピードが速くなってしまったりだとか……」とコメント、デーモン閣下はそれに伴い、「吾輩の記憶によると、(中略)あの段階(地球デビュー前)でもジード飯島は重力の違いを克服していなかったように吾輩は思うのであるけれども……今、10年前のビデオを繰り返し見ると、やはり彼のドラムは全ての曲が同じテンポで……ねえ?」と発言 ダミアン浜田殿下が苦笑しながら「そのとおり」といった内容を語っていた。そんなジード飯島も、「オール悪魔総進撃! The Satan All Stars」地球デビュー10周年記念大黒ミサと、「The Ultimate Black Mass Final Three Nights」解散ミサ2日目「Satan All Stars' Day」ではプロのミュージシャンである現役聖飢魔IIに混ざって登場し、地上のスタジオを借りて特訓した成果が出たのか、その頃は大分「魔界と地上との空間の違い」は克服できていたようである 特に、解散ミサ2日目での登場直後に「魔王凱旋」後半部を演奏した際は、聖飢魔II名パワーヒッターライデン湯沢と入れ替わって演奏する位置づけだった事も意識したのか、非常にパワフルなドラミングを見ることができる。早稲田大学3年生の時、音楽サークルの先輩であったデーモン閣下に誘われて聖飢魔IIにドラマーとして加入。大学4年の10月に脱退したが、ドラムは趣味として続けていた。聖飢魔IIの解散時に行われたTHE ULTIMATE BLACK MASSの2日目「THE SATAN ALL STARS」に参加 「悪魔の讃美歌」演奏の際に、直前までドラムを務めていたジード飯島と入れ替わりで登場し、その次の曲「ファラオのように」では「聖飢魔IIを1度も正面から見たことがない」と語った聖飢魔II現役ドラマーライデン湯沢に代わってドラムを演奏した 「JACK THE RIPPER」では 前半は通常通りのドラムを担当し、中盤のオールギタリスト&キーボーディスト入れ替わりソロでジードと交代。以降はカウベルを持って地味に演奏をしていたが、気を利かせてくれたデーモン閣下に隣に招かれ、閣下のマイクで音を拾ってもらえていた。基本的にミサ中は無口で、返事はクラッシュシンバルで行っていた。デーモン閣下らのような白地の顔で、額と口元に銀色のV字のような模様があった(地球デビュー前に在籍していた時は銀色の顔に緑色の逆三角形の模様という容貌だったらしい)。戦闘服は非常に軽装備で、基本的に上は半袖かタンクトップ、下はタイツにブーツというスタイルが多かった。他のドラム担当構成員との決定的な違いは、パワータイプのドラマーでは無いということである。
1984年6月、マツダカレッジサウンドフェスティバル(MCSF)に出演。このとき見に来ていたソニー付けのプロデューサーである(尾崎豊などの担当でもあった)「サテュロス」丸沢和宏が聖飢魔IIに目を留め、CBSソニーのオーディションに誘っている。エース長官は第二期聖飢魔IIでは初代ドラマーからギタリストに転向して再参加、再脱退。1984年8月、エース長官再脱退後に一時期参加していたジャントニオババヤシの後続のギタリストとして、再々参加する。1984年9月頃、CBSソニーのオーディションで決勝まで駒を進め特別賞を獲得。やがて地球デビューが決まる。1985年2月18日、王位継承ミサによりダミアン殿下脱退。後継ギタリストとしてガンダーラ・サンゲリア・チグリス・ユーフラテス金子が参加した。ジード飯島もこの時期に脱退し、後続のドラマーとしてジャギ古川が参加。ジャギ古川の在籍した3か月ほどの期間が第3期聖飢魔IIとされる(1985年3月 - 1985年6月まで)。この時期地球デビューに向けたオーディションの結果、1985年6月にジェイル大橋代官とライデン湯沢殿下が加入した。この悪魔事異動により、地球デビュー構成員が固まる。これが第4期聖飢魔IIとされる。1987年2月、デビュー前のギタリストオーディションでは、ジェイル代官とどちらを採用するか悩んだとされる、紫馬肥(むらさきうまごやし)のギタリスト・Sgt. ルーク篁III世参謀が加入。この悪魔事異動により聖飢魔IIは第6期を迎え、以後解散まで悪魔事異動は行われなかった。第6期聖飢魔IIの活動は1987年の小教典「EL・DO・RA・DO」からスタートした この曲は最後の最後まで聖飢魔IIの大黒柱的楽曲として機能していた 11月に発布した大教典『BIG TIME CHANGES』では、ルーク参謀の加入によるバンドの変化が如実に現れていた エース長官とルーク参謀を中心に各構成員が作曲をするようになり、「ヘヴィメタル」とはジャンル分けし難い幅の広い音楽性を持つロックバンドとなっていった。ルーク篁参謀は、「〜悪魔の参考音源10選〜」としてN.S.P.の『FIRST』、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』、Charの『Char』、レインボーの『虹を翔る覇者』、キッスの『地獄の軍団』、アル・ディ・メオラの『エレガント・ジプシー』、カンサスの『暗黒への曳航』、アルカトラスの『ノー・パロール・フロム・ロックン・ロール』、ヴァン・ヘイレンの『炎の導火線』、エレクトリック・サンの『天地震動〜ジミ・ヘンドリックスの魂に捧げる〜』をあげている。注目しているギタリストでは、DEAD ENDの足立祐二、スティーヴ・ヴァイ、エディ・ヴァン・ヘイレン、渡辺香津美をあげていた。エース清水長官は、普段聴いているアーティストとしてパティ・ラベルとアニタ・ベイカーを、好きなギタリストとしてリー・リトナー、マイク・スターン、パット・メセニーをあげている。聖飢魔IIの地球征服完了後、サタン45世として地獄大魔王に即位したとされる。以後、『ウラビデオ3』等では「ダミアン浜田陛下」と表記されるようになる。魔暦22年(2020年)10月10日、10万59歳という世界最高年齢でメジャーデビューすることを発表。人類への悪魔による洗脳をより強固なものにすべく再び人間界に降臨することを決意し、ヘヴィメタルバンド『Damian Hamada's Creatures』を結成する ギタリストとしてではなく、作詞・作曲・編曲として関わるとのこと 洗脳され、改臟人間と化したさくら“シエル”伊舎堂とプログレッシヴ・ロック・バンドである『金属恵比須』の大地“ラスプーチン”髙木、ケン“アレイスター”宮嶋、マスヒロ“バトラー”後藤、秀貴“ジル”栗谷、宏美“ローズ”稲益がメンバー。「当時地獄の皇太子だったダミアン殿下の衛兵として将来を嘱望されていたが、殿下が実父にして当時の大魔王サタン44世陛下危篤の知らせを受けて地獄に帰還する際、金で買収されて神の側に寝返ったため地上に追放された」とされる。追放後は、世を忍ぶ仮の姿で証券会社に就職したらしい。銀色の顔に赤いモヒカンヘアという容姿が特徴で、この容姿は後にライデン湯沢に一時的に受け継がれた(初期のライデンはジードに似た銀色の顔に赤いモヒカンヘアという容姿だった)。聖飢魔IIが地球デビューする前、エース清水が初代ドラマーを退任してギタリストとして聖飢魔IIに復職するまでの期間にドラマーを担当していたが、彼はすべての曲を同じ速度で叩いていたと言われている。B.D.4年(1995年)に発布された聖飢魔IIのミサビデオ作品『オール悪魔総進撃! The Satan All Stars』内のダミアン浜田殿下とデーモン閣下の対談では、ダミアン浜田殿下が「魔界と地上では重力だとか、空気の密度だとか、その辺が違うんで、例えばドラマーにせよ、ついスピードが速くなってしまったりだとか……」とコメント、デーモン閣下はそれに伴い、「吾輩の記憶によると、(中略)あの段階(地球デビュー前)でもジード飯島は重力の違いを克服していなかったように吾輩は思うのであるけれども……今、10年前のビデオを繰り返し見ると、やはり彼のドラムは全ての曲が同じテンポで……ねえ?」と発言 ダミアン浜田殿下が苦笑しながら「そのとおり」といった内容を語っていた。そんなジード飯島も、「オール悪魔総進撃! The Satan All Stars」地球デビュー10周年記念大黒ミサと、「The Ultimate Black Mass Final Three Nights」解散ミサ2日目「Satan All Stars' Day」ではプロのミュージシャンである現役聖飢魔IIに混ざって登場し、地上のスタジオを借りて特訓した成果が出たのか、その頃は大分「魔界と地上との空間の違い」は克服できていたようである 特に、解散ミサ2日目での登場直後に「魔王凱旋」後半部を演奏した際は、聖飢魔II名パワーヒッターライデン湯沢と入れ替わって演奏する位置づけだった事も意識したのか、非常にパワフルなドラミングを見ることができる。早稲田大学3年生の時、音楽サークルの先輩であったデーモン閣下に誘われて聖飢魔IIにドラマーとして加入。大学4年の10月に脱退したが、ドラムは趣味として続けていた。聖飢魔IIの解散時に行われたTHE ULTIMATE BLACK MASSの2日目「THE SATAN ALL STARS」に参加 「悪魔の讃美歌」演奏の際に、直前までドラムを務めていたジード飯島と入れ替わりで登場し、その次の曲「ファラオのように」では「聖飢魔IIを1度も正面から見たことがない」と語った聖飢魔II現役ドラマーライデン湯沢に代わってドラムを演奏した 「JACK THE RIPPER」では 前半は通常通りのドラムを担当し、中盤のオールギタリスト&キーボーディスト入れ替わりソロでジードと交代。以降はカウベルを持って地味に演奏をしていたが、気を利かせてくれたデーモン閣下に隣に招かれ、閣下のマイクで音を拾ってもらえていた。基本的にミサ中は無口で、返事はクラッシュシンバルで行っていた。デーモン閣下らのような白地の顔で、額と口元に銀色のV字のような模様があった(地球デビュー前に在籍していた時は銀色の顔に緑色の逆三角形の模様という容貌だったらしい)。戦闘服は非常に軽装備で、基本的に上は半袖かタンクトップ、下はタイツにブーツというスタイルが多かった。他のドラム担当構成員との決定的な違いは、パワータイプのドラマーでは無いということである。