Available on Google PlayApp Store

Images of 上杉憲勝

mercari beeant
00shizuoka静岡観光おでかけガイド

00shizuoka静岡観光おでかけガイド

【企画品】サントリー プレミアムセレクション 山崎Story of the Distilly 2024入り(1セット)

【企画品】サントリー プレミアムセレクション 山崎Story of the Distilly 2024入り(1セット)

大根仁のページ

大根仁のページ

史跡ハンター 臥龍

史跡ハンター 臥龍

武蔵深谷 藤原北家を遠祖とし足利氏一門のなかで歴代関東管領職を勤めた上杉氏庶流で初代深谷城主上杉房憲が祖先の霊を祀る為創建した『昌福寺』散歩

武蔵深谷 藤原北家を遠祖とし足利氏一門のなかで歴代関東管領職を勤めた上杉氏庶流で初代深谷城主上杉房憲が祖先の霊を祀る為創建した『昌福寺』散歩

【1回のご注文で6本まで】ニッカ 竹鶴 ピュアモルト 700ml 43度 白ラベル 箱入 Nikka Taketsuru Pure Malt Whisky 逆輸入品 ジャパニーズ 国産 ウイスキー ニッカウヰスキー 箱入り 箱付き 洋酒

【1回のご注文で6本まで】ニッカ 竹鶴 ピュアモルト 700ml 43度 白ラベル 箱入 Nikka Taketsuru Pure Malt Whisky 逆輸入品 ジャパニーズ 国産 ウイスキー…

山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

上杉綱勝五輪塔 (1)

上杉綱勝五輪塔 (1)

活動報告

活動報告

【元祖ウイスキーくじ】【268弾】【日付指定不可】山崎 響 白州 などが6600円で当たるウイスキーくじ170セット限定 福袋

【元祖ウイスキーくじ】【268弾】【日付指定不可】山崎 響 白州 などが6600円で当たるウイスキーくじ170セット限定 福袋

「交流教室 パラリンピアンがやってきた!」を東京都日野市で開催しました

「交流教室 パラリンピアンがやってきた!」を東京都日野市で開催しました

正法寺のお参りの記録(1回目)埼玉県高坂駅

正法寺のお参りの記録(1回目)埼玉県高坂駅

お城解説「日本全国」1300情報【城旅人】

お城解説「日本全国」1300情報【城旅人】

アサヒ スーパードライ 缶(350ml*24本入)【2shdrk】【アサヒ スーパードライ】

アサヒ スーパードライ 缶(350ml*24本入)【2shdrk】【アサヒ スーパードライ】

活動報告

活動報告

釣りの5人 9時間漂流の男性救助

釣りの5人 9時間漂流の男性救助

元立教大主将の平野和憲 49秒TKO勝ちデビュー

元立教大主将の平野和憲 49秒TKO勝ちデビュー

【北海道・沖縄・一部離島配送不可】 【第183弾】 ウイスキーが当たるかも!?......... お酒ガラガラポン限定72口

【北海道・沖縄・一部離島配送不可】 【第183弾】 ウイスキーが当たるかも!?......... お酒ガラガラポン限定72口

f:id:buntan193:20200831183609p:plain

f:id:buntan193:20200831183609p:plain

遠山康光

遠山康光

北条氏康はどうして河越夜戦で上杉憲政や足利晴氏の大軍に勝利できたのか?

北条氏康はどうして河越夜戦で上杉憲政や足利晴氏の大軍に勝利できたのか?

サントリー シングルモルト ウイスキー 白州NV カートンなし 1本 ノンビンテージ 内容量700ml アルコール分43% 希少 入手難 送料無料 女子会 飲み会 プレゼント 贈り物 パーティー

サントリー シングルモルト ウイスキー 白州NV カートンなし 1本 ノンビンテージ 内容量700ml アルコール分43% 希少 入手難 送料無料 女子会 飲み会 プレゼント 贈り物 パーティー

直球和館	  近藤廉平男爵家 実業家

直球和館 近藤廉平男爵家 実業家

オリンピック憲章 政治

オリンピック憲章 政治

「リオ+20」国連持続可能な開発会議									関連記事を表示サイト内検索最近の投稿カテゴリーアーカイブ

「リオ+20」国連持続可能な開発会議 関連記事を表示サイト内検索最近の投稿カテゴリーアーカイブ

今だけ500円OFF!1本あたり540円(税込) 送料無料 『当店最安値』スペイン産 スパークリングワイン プロヴェット スパークリング ブリュット 12本 ワイン 辛口 セット スパークリングワインセット YF クール便不可 あす楽【ポイント対象外】

今だけ500円OFF!1本あたり540円(税込) 送料無料 『当店最安値』スペイン産 スパークリングワイン プロヴェット スパークリング ブリュット 12本 ワイン 辛口 セット…

{5CB53303-4C9A-4B35-AB9B-0E0316672549}

{5CB53303-4C9A-4B35-AB9B-0E0316672549}

3d2aec07

3d2aec07

直球和館	  近藤廉平男爵家 実業家

直球和館 近藤廉平男爵家 実業家

送料無料 ブラックニッカ 4L×4本 クリア 37度 4000ml アサヒ ニッカウイスキー ウィスキー ペット 大容量 業務用《北海道・沖縄へは送料+2000円》包装不可

送料無料 ブラックニッカ 4L×4本 クリア 37度 4000ml アサヒ ニッカウイスキー ウィスキー ペット 大容量 業務用《北海道・沖縄へは送料+2000円》包装不可

直球和館	  近藤廉平男爵家 実業家

直球和館 近藤廉平男爵家 実業家

11月4日って何の日?雑学・記念日・出来事・有名人誕生日【かき揚げの日・ユネスコ憲章記念日・いいよの日・いい刺繍の日など】

11月4日って何の日?雑学・記念日・出来事・有名人誕生日【かき揚げの日・ユネスコ憲章記念日・いいよの日・いい刺繍の日など】

特別展「上杉家伝来写真~華麗なる人脈、米沢との絆~」

特別展「上杉家伝来写真~華麗なる人脈、米沢との絆~」

【 特別 送料無料 】 1本たったの598円(税込) 3大銘醸地入り 世界選りすぐり赤ワイン11本セット 第246弾【7798939】 | 金賞 飲み比べ ワイン ワインセット wine wainn ボルドー フランス イタリア スペイン お買い得 ギフト

【 特別 送料無料 】 1本たったの598円(税込) 3大銘醸地入り 世界選りすぐり赤ワイン11本セット 第246弾【7798939】 | 金賞 飲み比べ ワイン ワインセット wine…

上杉茂憲(うえすぎ もちのり)

上杉茂憲(うえすぎ もちのり)

NAVERまとめ

NAVERまとめ

歴史的速報

歴史的速報

【あす楽】【送料無料】 アサヒ スーパードライ 350ml×48本/2ケース YLG ビール 生ビール 辛口 アサヒビール

【あす楽】【送料無料】 アサヒ スーパードライ 350ml×48本/2ケース YLG ビール 生ビール 辛口 アサヒビール

山門_1

山門_1

感じたまま
	  東京散策1/4
	コメント

感じたまま 東京散策1/4 コメント

【吉良サミット】“忠臣蔵史観”に宣戦布告

【吉良サミット】“忠臣蔵史観”に宣戦布告

お中元 ギフト アサヒビールスーパードライビールセットAS-3N(250_24夏)

お中元 ギフト アサヒビールスーパードライビールセットAS-3N(250_24夏)

キースオジンQ日記

キースオジンQ日記

上杉謙太郎

上杉謙太郎

上杉謙信の子孫はJAXAでロケット開発 愛称はTONO

上杉謙信の子孫はJAXAでロケット開発 愛称はTONO

アサヒ スーパードライ 缶(500ml*24本入)【2shdrk】【アサヒ スーパードライ】

アサヒ スーパードライ 缶(500ml*24本入)【2shdrk】【アサヒ スーパードライ】

戦国ファン必見!その名も「武田信長」というインパクト最強な武将が実在した

戦国ファン必見!その名も「武田信長」というインパクト最強な武将が実在した

歴史楽者のひとりごと  江ノ島合戦

歴史楽者のひとりごと 江ノ島合戦

『図説 享徳の乱』刊行記念の歴史セミナー「「享徳の乱」の新視点・新研究」を3月27日(土)に開催!

『図説 享徳の乱』刊行記念の歴史セミナー「「享徳の乱」の新視点・新研究」を3月27日(土)に開催!

【先着300円クーポン】お中元 ビール 夏ギフト 飲み比べ セット【本州のみ 送料無料】サッポロ エビス YCF5DT『GIFT』ヱビス 恵比寿 詰め合わせ 内祝い 誕生日 ギフトセット

【先着300円クーポン】お中元 ビール 夏ギフト 飲み比べ セット【本州のみ 送料無料】サッポロ エビス YCF5DT『GIFT』ヱビス 恵比寿 詰め合わせ 内祝い 誕生日 ギフトセット

到哪都是教育家  專訪功學社總裁謝敬忠

到哪都是教育家 專訪功學社總裁謝敬忠

西武鉄道池袋線西所沢駅から徒歩約10分、戦国時代関東管領山内上杉氏の重臣で武蔵国守護代として南は相模国座間から入間を経て北は武蔵国所沢周辺まで支配していた大石氏の中興、信重(のぶしげ、1334~1424)の墓所である永源寺(えいげんじ、埼玉県所沢市久米)を訪ねました。そもそも大石氏は木曽義仲の子孫と伝えられ、信濃国の出自と言われています。この信濃国出身の大石氏が関東へ進出してきたのは14世紀半ばの南北朝時代と考えられ当時の鎌倉府の警護番として出仕したのではないかと推定されます。その後大石氏は鎌倉公方を補佐する関東管領職山内上杉氏の家臣として武蔵国を中心に活動し一時期は武蔵国の他上野国・伊豆国の守護代を務めるに至ります。ご承知の通り鎌倉府は室町幕府の出先機関で関東10州(後に陸奥と出羽を加えて12州)を管轄するミニ幕府ですが、代々の鎌倉公方が足利一族出身であるが故将軍の後継争いに加われる立場にあり、永享10年(1438)4代公方足利持氏(あしかが・もちうじ、1398~1439)の代では幕府と対立、幕府派遣軍と戦うも敗れ持氏は自害、更に享徳3年(1454)5代公方足利成氏(あしかが・しげうじ、1438~1497)による管領上杉憲忠(うえすぎ・のりただ、1433~1455)誅殺を契機に戦乱となり上杉援軍が鎌倉を制圧、鎌倉に帰府できなくなった成氏は新たな本拠地として古河(現在の茨城県)に拠点を移すこととなり鎌倉府は解体されます。古河に逃れた公方は下総・下野等周辺の地域領主の支持のもとに再編成しますがかつての勢いはなく、代わって勢力を拡大したのは他ならぬ関東管領上杉氏でありました。上杉氏は4家あり、宅間(たくま)・犬懸(いぬがけ)・扇谷(おうぎがやつ)・山内(やまのうち)とそれぞれ鎌倉の地名から家柄を名乗るようになり、やがて宅間・犬懸は滅亡し扇谷家は相模国から武蔵国南部を、山内家は越後、上野国から武蔵国南部をそれぞれ支配することになります。次の展開としては両上杉氏が互いに主導を争う中、伊豆の韮山に居していた伊勢氏が扇谷上杉氏臣下の大森氏を策謀により小田原から追放、念願の相模進出を果たします。小田原に拠点を移した伊勢氏は2代目氏綱(うじつな、1487~1541)の代になりますと摂関家から招いた鎌倉将軍を奉じた執権北条氏を意識して自らを「北条」と称し、かつての鎌倉公方を奉ずる程の権力をめざします。戦国時代中期に入りますと勢力拡大著しい小田原北条氏という新興勢力と古河公方・両上杉氏連合軍という旧勢力が武蔵国北部で対峙する構図と変化します。その雌雄を争う決定的な事件は天文15年(1546)年の河越の戦いで、小田原北条氏3代目氏康(うじやす、1515~1571)による河越城を包囲している連合軍を背後から攻めたて壊滅的に打ち破ります。その結果扇谷上杉氏は朝定(ともさだ、1525~1546)の戦死により扇谷家は滅亡、山内上杉氏は憲政(のりまさ、1523~1579)は勢力を失い上野国平井城に敗走、その後北条軍の追討に耐えられず長尾氏を頼って越後に逃れます。また古河公方足利晴氏(あしかが・はるうじ、1508~1560)は地元古河に戻りますがその権威すら維持困難となり、次第に時流の変化に敏感な地域領主などの支持を失うことになります。さて大石氏の話に戻りますが、同氏に関する情報が限られているので明確な記述ができない歯痒さを感じますが、その中で大石信重は大石氏が関東進出の際の立役者と指摘されています。とりわけ信重が仕えた管領家は山内家上杉憲顕(うえすぎ・のりあき、1306~1368)で上野方面での戦いでは憲顕に忠節を尽くして功績を挙げて、武蔵国比企郡に領地を賜ります。やがて管領職に就任した憲顕に従い上野国から各地を転戦し更なる忠節を尽くし憲顕から入間・多摩両郡の13郷を賜りこれが以降の歴代大石氏の武蔵国支配に繋がったとすれば信重は大石氏の礎を築いた人物と言っても過言ではないと思います。尚、信重の後歴代の大石氏を経て定久(さだひさ、1491~1552)の時代になりますと天文15年(1546)4月の河越夜戦で越後へ亡命した主家である上述の上杉憲政に見切りをつけ、小田原北条氏から3男氏照(うじてる、1540~1590)を養子とし家督を譲り出家、残された部下たちは事実上小田原北条氏の支配下に組み入れられることになります。2022年10月10日追記境内に建てられた説明板には次の如く紹介されています。『 所沢市指定文化財          大 石 信 繁 墓 塔永源寺を創建したと伝えられる大石信繁は、木曾義仲の末裔を名乗り、室町幕府の関東管領を務める山内上杉氏に仕えました。その後合戦の手柄によって上杉氏に重用され、武蔵国のうち多摩・入間両郡の内13郡の領主となり、さらには武蔵・伊豆両国の守護代を歴任しました。本堂の石段を上がったところに覆屋に入った石塔がありますが、これが大石信重の墓塔です。五輪塔や宝篋印塔などの部分で構成されていますが、銘文のある基礎石は宝篋印塔の形式であるので、本来は宝篋印塔であったと考えられます。銘文には次のように刻まれています。        直山守公?主        正長三祀**        甘八日 己姓「直山守公」とは、大石信重の法名です。この石塔はいささか変形ながら中世の所沢地方を支配した大石氏の資料として貴重なものです。      平成15年3月                所沢市教育委員会 』       

西武鉄道池袋線西所沢駅から徒歩約10分、戦国時代関東管領山内上杉氏の重臣で武蔵国守護代として南は相模国座間から入間を経て北は武蔵国所沢周辺まで支配していた大石氏の中興、信重(のぶしげ、1334~1424)の墓所である永源寺(えいげんじ、埼玉県所沢市久米)を訪ねました。

そもそも大石氏は木曽義仲の子孫と伝えられ、信濃国の出自と言われています。この信濃国出身の大石氏が関東へ進出してきたのは14世紀半ばの南北朝時代と考えられ当時の鎌倉府の警護番として出仕したのではないかと推定されます。

その後大石氏は鎌倉公方を補佐する関東管領職山内上杉氏の家臣として武蔵国を中心に活動し一時期は武蔵国の他上野国・伊豆国の守護代を務めるに至ります。

ご承知の通り鎌倉府は室町幕府の出先機関で関東10州(後に陸奥と出羽を加えて12州)を管轄するミニ幕府ですが、代々の鎌倉公方が足利一族出身であるが故将軍の後継争いに加われる立場にあり、永享10年(1438)4代公方足利持氏(あしかが・もちうじ、1398~1439)の代では幕府と対立、幕府派遣軍と戦うも敗れ持氏は自害、更に享徳3年(1454)5代公方足利成氏(あしかが・しげうじ、1438~1497)による管領上杉憲忠(うえすぎ・のりただ、1433~1455)誅殺を契機に戦乱となり上杉援軍が鎌倉を制圧、鎌倉に帰府できなくなった成氏は新たな本拠地として古河(現在の茨城県)に拠点を移すこととなり鎌倉府は解体されます。

古河に逃れた公方は下総・下野等周辺の地域領主の支持のもとに再編成しますがかつての勢いはなく、代わって勢力を拡大したのは他ならぬ関東管領上杉氏でありました。

上杉氏は4家あり、宅間(たくま)・犬懸(いぬがけ)・扇谷(おうぎがやつ)・山内(やまのうち)とそれぞれ鎌倉の地名から家柄を名乗るようになり、やがて宅間・犬懸は滅亡し扇谷家は相模国から武蔵国南部を、山内家は越後、上野国から武蔵国南部をそれぞれ支配することになります。

次の展開としては両上杉氏が互いに主導を争う中、伊豆の韮山に居していた伊勢氏が扇谷上杉氏臣下の大森氏を策謀により小田原から追放、念願の相模進出を果たします。

小田原に拠点を移した伊勢氏は2代目氏綱(うじつな、1487~1541)の代になりますと摂関家から招いた鎌倉将軍を奉じた執権北条氏を意識して自らを「北条」と称し、かつての鎌倉公方を奉ずる程の権力をめざします。

戦国時代中期に入りますと勢力拡大著しい小田原北条氏という新興勢力と古河公方・両上杉氏連合軍という旧勢力が武蔵国北部で対峙する構図と変化します。

その雌雄を争う決定的な事件は天文15年(1546)年の河越の戦いで、小田原北条氏3代目氏康(うじやす、1515~1571)による河越城を包囲している連合軍を背後から攻めたて壊滅的に打ち破ります。

その結果扇谷上杉氏は朝定(ともさだ、1525~1546)の戦死により扇谷家は滅亡、山内上杉氏は憲政(のりまさ、1523~1579)は勢力を失い上野国平井城に敗走、その後北条軍の追討に耐えられず長尾氏を頼って越後に逃れます。

また古河公方足利晴氏(あしかが・はるうじ、1508~1560)は地元古河に戻りますがその権威すら維持困難となり、次第に時流の変化に敏感な地域領主などの支持を失うことになります。

さて大石氏の話に戻りますが、同氏に関する情報が限られているので明確な記述ができない歯痒さを感じますが、その中で大石信重は大石氏が関東進出の際の立役者と指摘されています。とりわけ信重が仕えた管領家は山内家上杉憲顕(うえすぎ・のりあき、1306~1368)で上野方面での戦いでは憲顕に忠節を尽くして功績を挙げて、武蔵国比企郡に領地を賜ります。

やがて管領職に就任した憲顕に従い上野国から各地を転戦し更なる忠節を尽くし憲顕から入間・多摩両郡の13郷を賜りこれが以降の歴代大石氏の武蔵国支配に繋がったとすれば信重は大石氏の礎を築いた人物と言っても過言ではないと思います。

尚、信重の後歴代の大石氏を経て定久(さだひさ、1491~1552)の時代になりますと天文15年(1546)4月の河越夜戦で越後へ亡命した主家である上述の上杉憲政に見切りをつけ、小田原北条氏から3男氏照(うじてる、1540~1590)を養子とし家督を譲り出家、残された部下たちは事実上小田原北条氏の支配下に組み入れられることになります。


2022年10月10日追記

境内に建てられた説明板には次の如く紹介されています。

『 所沢市指定文化財
          大 石 信 繁 墓 塔

永源寺を創建したと伝えられる大石信繁は、木曾義仲の末裔を名乗り、室町幕府の関東管領を務める山内上杉氏に仕えました。その後合戦の手柄によって上杉氏に重用され、武蔵国のうち多摩・入間両郡の内13郡の領主となり、さらには武蔵・伊豆両国の守護代を歴任しました。

本堂の石段を上がったところに覆屋に入った石塔がありますが、これが大石信重の墓塔です。五輪塔や宝篋印塔などの部分で構成されていますが、銘文のある基礎石は宝篋印塔の形式であるので、本来は宝篋印塔であったと考えられます。銘文には次のように刻まれています。

        直山守公?主
        正長三祀**
        甘八日 己姓

「直山守公」とは、大石信重の法名です。この石塔はいささか変形ながら
中世の所沢地方を支配した大石氏の資料として貴重なものです。

      平成15年3月
                所沢市教育委員会 』

       









Share

Topic Trends

trends timeline
trends timeline for Images%20of%20%E4%B8%8A%E6%9D%89%E6%86%B2%E5%8B%9D

Parsed Words

  •  
    上杉
    うえすぎ
    Uesugi
    0
  •  
    のり
    Nori
    0
  •  
    かち
    Kachi
    0