Images of 永作芳也
Essayウフフの人 ― 宮脇愛子おそらく私にとって瀧口修造さんとの最初の出逢いは、『妖精の距離』であった。その詩画集を下落合の阿部展也氏のアトリエで見せていただいた。 阿部展也氏はいうまでもなく、『妖精の距離』に画を描いた阿部芳文である。私は歴史科に籍を置いた女子大生だったのだが、絵を描くことに熱中してしまい、阿部展也氏のアトリエに通っていた。私は、阿部芳也氏から画家としての出発の手ほどきを受け同時に数多くの話をきいたのであるが、あの『妖精の距離』がつくられるようになったきっかけや、詩人と画家のはじめての出逢いなどについてききもらしているうちに、画家は、一九七一年にローマで客死された。今では詩人から直接おききする以外に道はなくなった。 もちろん、阿部展也氏は私たちに瀧口さんの名著『近代芸術』(一九三八年)をしめしてくれた。戦前からおそらく今日まで、この著書は美術家たちのもっとも重要な指針になっていた。私は、阿部展也氏を通じて、ポーランドのシチュシェミンスキー等のユニズムの運動にふれ得たことで、決定的な方向を見つけることができたと思っている。戦前に瀧口さんはすでにユニズムの元になったシュプレマティズムをとりあげ、その著書のなかで紹介されていたのである。文献や、その理論的背景など、当時日本で知り得たのはこの本だけだったことを考えると、先駆的な仕事だったことに驚くばかりである。 私のはじめての作品発表は、思想的には、このユニズムにつらなるような仕事が中心であった。その個展のあとに渡欧する予定にしていたとき瀧口さんにお目にかかった。瀧口さんはそのとき、ヴェニス・ビエンナーレ展のコミッショナーでヨーロッパを廻られて帰国された直後だったが、ひとつは、私がヨーロッパに行くならばミラノに住むのがいいこと、もうひとつは作品をできるだけ持っていくべきこと、という二つの助言をいただいた。当時ミラノは日本ではまったく問題にされていなかったくらいであったが、実は、現代美術のもっとも新しい実験がなされつつある場所だったことが、行ってみてはじめてわかったのである。ルチオ・フォンタナを中心に、マンゾーニ、カステラーニなどが、気焰をあげ、パリからはジャン・ジャック・ルーベル、アラン・ジュフロワなどもきていた。みんな無名であった。作品を持っていくようにという瀧口さんの助言のおかげで、私は、彼らから一人前の作家とみなされ、仲間に入ることができた。当時、東欧に生れたユニズムの動きを現代的な意識のもとに再評価し、展開しようとしていたのは、ミラノのマンゾーニやカステラーニ達だけだったのである。 その後、パリに移り住んでから、ハンス・リヒターや、マン・レイとひんぱんにつき合うようになった。ダダやシュルレアリスム運動の生きのこり、というより、その運動を身をもって生きてきた人達だが、私には彼らに逢う前から何だか既知の人のような気がしてならなかった。というのも原因はあきらかに『近代芸術』で、あの本をくりかえし読みすぎたために、もうとっくに知っていたような気分になってしまったのである。一九六二年のシュルレアリスム展では、マン・レイに紹介されて、エルンストに逢い、その後、ニューヨークではダリや、デュシャンに逢ったり、アトリエを訪れたりすることができたのであるが、考えてみると、瀧口さんが、あの本や、『シュルレアリスムのために』などでとりあげられた画家たちを次々に追跡していったような結果になった。私にとって現代美術の最大の手引き書となっていたわけである。同時に瀧口さんの彼らに対する評価は、戦前、情報さえままならぬ場所にいながら、実に正確であった。孤立した島国である日本で、これらの作家たちとまったく対等に同じ方向を生きてきておられたことは驚くべきことである。その秘密を本人に問いただしたとしても、「ウフフ・・・、先見の明があったでしょう」と冗談まじりに笑われたりすることぐらいがおちなので、後はどうも自分でひそかに瀧口さんを観察しなおすほかはなさそうである。
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