Images of クネイトラ県
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イスラエルとの国境近くにあるゴラン高原に、クネイトラという町がありました。
この町はイスラエルに完全に破壊された町。しかしシリア政府はそれをそのままにし、公開していました。
戦争とは何を意味するのか、一目見れば、この町が無言でその答えを教えてくれます。
というところまでが、当時の日記から。
今新たに旅行記を残すにあたり、再び色々調べて、写真も見返して、これは簡単に善悪がつけられるような単純な問題ではないことだけはよく分かりました。
何事も多角的に調べないといけないし、調べたところで正義がどこにあるかさえさっぱり分からない事案も存在する。
このあと、ヨルダンを経由してイスラエルや、パレスチナにも向かいますが、どこでも当地が被害者であり正義、鉄線の向こうは憎むべき敵でした。リアル進撃の巨人だな。
今はネットで簡単に色々な立場の発言が読めます。
どこかの新聞社1社の発言に惑わされるのではなく、また、正義を探すのでもなく、ただ真実を見極めたい。
いや、その前にまず、真実がコントロールされていることに気付くべきだ。
中東、そして世界を歩く作業は、まずそのことに気付く第一歩だったと思います。
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写真は破壊された建物と銃弾の痕ばかりです、苦手な方はスルーしてくださいませ。。。夜中にこの旅行記を作っていますが、すでに背後が怖いです。
素敵な村、素晴らしいパノラマ、美しいビーチ、美味しいグルメをたっぷりと楽しんできました♪
☆Vol.473:第16日目(7月1日)ランダッツォRandazzo(カターニア県)♪
ランダッツォは標高750メートルでカターニア県に入る。
エトナ山の溶岩を使った黒い町並みが有名。
旧市街は北側にあり、アルカンタ川の断崖に沿って天然の要塞。
南側もかつて断崖の天然の要塞で、
断崖に囲まれた台状の上に旧市街だった。
それがエトナ山からの溶岩流で南側の断崖を埋め尽くしたため。
その新たな溶岩台地の上に新市街が広がっている。
旧市街の最東端に位置するPorta Aragoneseの近くに車を停める。
そこから観光スタート。
大聖堂のある西へ歩く。
近隣と同様にエトナ山噴火や地震の影響で新旧混在の町並み。
それでも初夏の花がたくさん飾られてエレガントな景観。
大聖堂の後ろ姿が見えてくる。
Basilica di Santa Maria Assunta。
1214年に造られたもので、多少の修復があったもののほぼ当時から変わらないとされている。
大聖堂の前へ歩き進む。
大聖堂のファサードは大変美しい。
真っ黒いファサードでエトナ山の溶岩を使われている。
門や窓の周囲、屋根の周囲などは白の大理石。
このように溶岩を使われた大聖堂は世界で最も美しいと賞賛されている。
黒と白のコントラストが強烈であるが、
どこかおとぎ話の中から出てきそうな雰囲気。
こんな素敵な溶岩の大聖堂、日本も見習って欲しいくらい。
ゆったりと歩いて眺めて♪
素敵な村、素晴らしいパノラマ、美しいビーチ、美味しいグルメをたっぷりと楽しんできました♪
☆Vol.493:第16日目(7月1日)カスティリオーネ・ディ・シチリアCastiglione di Sicilia (カターニア県)♪
カスティリオーネ・ディ・シチリアは標高630メートルでカターニア県に入る。
イタリア美しき村に登録されている。
旧市街は山の上に広がり、頂点は古城が立つ。
旧市街と新市街の間にある国道SP71→中心広場であるPiazza Lauria→古城を囲むように通るVia Edoardo Pantano→小さな大聖堂Basilica Maria SS. della Catena→岩山の上に載せた古城Castello di Lauria→Via Edoardo Pantano。
Via Edoardo Pantanoを歩き進むと終点に突き当たる。
そこから二股に分かれる路地があり、
中心広場方面へ階段状の路地Via S. Marcoを歩く。
本当にひなびた田舎な雰囲気が満載。
中世時代の景観が広がり、素敵。
進むと小さな広場Piazza Sant'Antonioに出る。
この広場に面した小さなChiesa Sant' Antonio。
そのカンパニーレ(鐘楼)は可愛いタマネギ状を載せている。
周囲は小さなパラッツォや商館が並び、素敵な景観。
ゆったりと歩いて眺めて♪