Images of ジュラ山脈
今日は今年の旅の楽しみとしてるジュラ山脈で最も素晴らしい展望台とされるヴァイセンシュタインに泊る。そして明朝のモルゲンロートとアルペングリューエンを楽しむ。
この名(白い石)の通りの白い城壁のようなヴァイセンシュタインの崖下のアーレ河の岸にソロトゥーンの町がある。長く伸びた山並みと町の関係が故郷の神戸を連想させる。
河の左岸つまり山側に17世紀の城壁に囲まれて旧市街がある。ここは長くカトリックの立場だったのでフランス大使の駐在地でもあってフランス文化の面影を多く残し、美しい建物が多く残されいる。
ヴァイセンシュタインに上がる前に十分時間があるのでこの町を訪れることにする。バーゼルからソロトゥーンに行くにはオルテン経由とムティエ経由があるがその時間には乗り換えがあるが後者のほうが早いのでそのルートをとる。ヴァイセンシュタインへのホテル専用のリフトに乗り換える駅オーバードルフを通るがそのままソロトゥーンまで行く。
ソロトゥーンの観光後ヴァイセンシュタイン・クアハウスにチェックインし、その付近での最高点までの散歩を試みるが前日の残雪でぬかるんでいる上に雨も降ってきたのであきらめて宿にもどる。
心配した翌朝の天気は幸いにも日の出までは展望がよく、右はモンブランなどのローヌアルプスから3000m級の山並みが左端のゼンティスなどのアルプシュタイン山群まで雲ひとつなく見れた。しかしその後急激にガスに囲まれてしまい遅く起きてきたかみさんは残念ながら・・・。
このすばらしい景色が頂けたのも高所に泊ったお陰だ。山ホテルは私のような朝日を拝む人のためにあると言える。バスやトイレの設備が悪い、食事が悪い、雨が降ったらと反対する人も居るがせっかくスイスまで来たのだから最高の景色を頂けるチャンスを逃す手はない。
ヴァイセンシュタインとソロトゥーンについて
www.swiss-japan.co.jp/essei200303.html
にプロ写真家の小川さんの素晴らしい写真とエッセイが載っている。行かれたのは私より後のようだ。
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気が付いてみると私のスイス遍歴はどうもドイツ語圏に偏っている。
フランス語圏の人達に比べてドイツ語圏の人達の方が日本人には相性がいいし、それに私にとってドイツ語のほうが親しみがある。しかし振り返って考えてみると雪を被ったアルプスがスイス観光の目玉で、売れるツアー、売れる本の情報もアルプスに偏るのは当たり前。それにつられて私も含めて日本ではフランス語圏それもジュラ地方はほとんど知られなかったのだろう。
気が付いてからは出来るだけ穴埋めしようと、昨年はルマン湖周辺、今年はベルナーオーバーランド滞在の後でチチノとジュラを巡ろうと計画した。
チチノはすでに書いたように天候不順のために2日で撤退した。
その後のモンブラン山塊のトレッキングでは幸い天候に恵まれ楽しく歩き回った(その旅行記はこのスイス旅行記の後で書くつもり)。
そしてモンブラン一周のトレッキングをシャモニーで終わってすぐにジュネーブ経由でジュラの中心地ヌシャテルに向かう。
ジュラ地方での行動は勿論自然指向でシャスラルでの展望とビシュー渓谷トラヴェール渓谷のゴルジュと森林が目当てだった。
シャモニーを出るときに雲行きが怪しくなり出し、ヌシャテルに着くと雨が降っている。スイス+私=雨 の式が定着してしまった。その後3日間は曇りか雨で予定した歩きは出来ずもっぱら遺跡、教会、城巡りとなる。
4日目にようやく好転してきたので、せめてとジュラの典型的な地勢の袋谷 クリュ・ドゥ・ヴァンに行く。曇りで肝心の展望は望めず大満足ではなかったが片鱗だけでも伺え、行ってよかった。
以上はジュラ地方の旅を始めるに当っての序言です。
以下はヌシャテル市内の観光報告。
ヌシャテル州の都で中世の色を濃く残した街。スイス領内では最大の同名の湖の北岸にあって湖畔から階段状に街が出来ており、そこから湖の向こうにアルプスの連峰が展望できる。
ここの歴史はかなり複雑で浅学の私ではちゃんと記述できないが、この地帯はフランスとスイス盟約者団の狭間で揺れ動き、自治の獲得のために長い闘争が続いた。スイス盟約者団の従属邦でありながら一方ではフランス出身の支配者の下になったり、プロイセン王家の支配下に入ったりと二重政治体制という奇妙な歴史をたどった。
そのような歴史の背景からフランス的雰囲気を感じる町で(スイスでの)フランス文化の中心地で最も正しいフランス語が話される街だそうだ。
到着して駅前のホテルに荷物を預けて慌しく坂下の観光案内所で資料を集めた後に、美術・歴史博物館、ヌシャテル城、参事会教会、自然博物館さらに郊外の考古博物館(ラテニューム)まで回る。
追記:最近はどういう訳かスイス以外のフランス語圏の旅が増えたが、昔のように英語を知ってるくせに知らない振りをする人が減ったように思う。お陰でなんとか旅ができるが、それでも田舎で人に出会わない時に案内や時刻表の細かい注記のフランス語が読めないことでずいぶん苦労する。特に今回のような田舎廻りではもう少し読めるようになって置かねばと感じた。
写真は列車がヌシャテル駅に入る直前の風景