Images of ヴォルゴグラード
この都市は、かつては、
Сталинград(スターリングラード)
とよばれていたが、スターリン批判でこの名前は廃止となり、現在は、Волгоград(ヴォルゴグラード)と呼ばれている。
独ソ戦で最も激しい戦いが行われた場所で、独ソ側双方併せて200万人の死傷者を生み出したと言われている。
写真は、スターリングラード攻防戦の時からある、製粉所とのこと。激戦の「証人」である。
スターリングラード攻防戦は、ドイツ、ソ連以外にもルーマニアやハンガリーなどの様々な国を巻き込んだ大規模戦闘であったが、特に戦闘の中心になったのは、
ドイツ 第6軍(指揮官 パウルス将軍)とソ連62軍(司令官 チュイコフ将軍)であろう。
戦いの概要を書くと、、
スターリングラード攻略は、ドイツのブラウ(青の場合)作戦(カフカース地方の資源を確保するための作戦)を支えるため、北からのソ連の圧力を抑えてカフカースへの道を確保するために、1942年9月13日よりドイツ第6軍をスターリングラードに突入させる。市の大部分を掌握するもソ連第62軍などが市内に残り抵抗。そうこうしているうちに、ソ連軍の大包囲攻勢が行われ、第6軍は包囲されスターリングラードに孤立。当然包囲を破って脱出することも考えられたが、最高司令官ヒトラーが一度つかんだスターリングラードの死守を厳命。ソ連の攻勢と補給切れによる飢えに苦しんだ末、1943年1月31日 第6軍はソ連に降伏。独ソ連の潮目が変わることになった。
そんな、いまはなき
「Сталингад(スターリングラード)」
を戦闘を想像しながら歩いてみた。
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