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1).旅の始めに              邯鄲の 夢追い払い 梅雨明ける     四川省の省都「成都」から北へ500㎞、長江(揚子江)の源流に広がる岷山山脈の南側の、高度3500mに「九寨黄龍空港」がある。梅雨明け宣言が出された7月中旬、日本の国際空港から「上海」、「成都」と乗り継ぎ、5000m級の雪山が連なる、地の果ての如き、荒々しき風景にたじろぎながらも、僕はその空港に到着した。三菱のパジェロで、高原を走る道路を、高度2000mまで一気に下ると、岩が露出した崖下を走る街道沿いの小さな町の、「シェラトン九寨溝国際大酒店」に辿り着いた。2).「九寨溝風景名勝区」へ  この地は、「アバチベット族チャン族自治州」という行政区、本来は少数民族の静かな生活の場であったが、「世界自然遺産」に登録されるや、観光開発ブームに、漢民族が大異動、今や少数民族は、社会の底辺に追いやられている。「日本語の学習は難しいですか」と、ホテルの玄関で、民族服を着て、旅人を迎える少数民族の少女が、散歩の道順を聞いた僕に、質問してきた。浅黒い肌の一重瞼の穏やかそうなこの少女の夢が叶うことを、今も僕は、願っている。  夕食後、観劇した「民族歌舞劇」は、派手な演技と衣装、そして現代的な音響と照明に圧倒されるも、物悲しげな風情は拭い去れない。闇の中から、静かに聞えてくる素朴な歌垣に、遠き日の想いを辿り、誘われるまま役者と共に手を合わせ、祈りながら舞台の上を一周している自分に驚き、席に戻っても、その興奮に酔いしれ、生きとし生きるもの連帯感を感じつつ、時が経つのを忘れていた。3).「九寨溝」を辿る    「九寨溝風景名勝区」は、高度2,000から3,100m、延長14㎞の、氷河で侵食されてた「海子」(湖沼のこと)が、4、50棚田状に連なっている。遠くの雪山を、湖面に浮かべる延長4㎞の「長海」付近は、パンダの生息地である。「熊猫海」(パンダ湖)と、「箭竹海」(熊猫の好物、熊笹の名の湖)は、湖底に乳白色の倒木が見える、透明度が高い姉妹湖である。幅200m、落差40m の「珍珠灘瀑布」の、真珠の玉が飛び跳ねる水飛沫の中を歩き、コバルトブルーの「火花海」沿いを通りながら、昼なお暗き、原生林での森林浴を楽しんだ。4).「黄龍風景名勝区」へ   上から見ると黄色い龍が動いているように見えることから,名付けられた「黄龍風景名勝区」へは、九寨溝からは3,840mの山を越え、雄大な景観の「いろは坂」を通り、高度3,200mの「黄龍」の入り口へ、車で2時間駆け、辿り着いた。雪を頂く「玉翠峰」(5,160m)を始め、5,000m級の山々からの雪解け水を溜める棚田状の「海子」へは、片道約7.5キロ、高低差500mの板敷きの桟道を、歩いて6時間掛け、辿り着いた。高度3,500mの「五彩池」では、炭酸カルシュームの乳白色の結晶体が付着した湖岸と、雪解け水を満面に浮かべた水面が絡む、独特の景色を眺めながら、僕は、深呼吸を繰り返しながら、自然の妙味を楽しんだ。5).「九寨溝天堂国際会議度假中心」へ    此処での宿泊先は、「九寨溝天堂国際会議度假中心」であり、原生林の中で、自由を謳歌せんとする摩訶不思議な大規模な保養・会議施設である。時に追われることも無ければ、何をするということもない3日間を、ここで過ごした。朝は小鳥の囀りに目を覚まし、窓を開けるや、冷気が部屋に漂い、ベランダから眺める岩山の頂上が、見え隠れしながら、やがて朝日に輝き始める。時を気にすることなく、気儘に過ごすのだが、食事をし、転寝し、そして原生林を散歩する以外は、なすべきことはなさそうである。涼気を鼻から吸い込みながら、ゆっくりと歩き、ちらつく木漏れ日や、葉の緑に目を細め、リスの戯れに立ち止まって語りかけ、名もなき虫の声、木々のざわめき、せせらぎの音を聞きながらも、路傍の草花の息吹を感じれば、見知らぬ花の名を無性に知りたくなるのである。  6).旅の終わりに                           小憎くも 愛しくもあり モリアザミ  「甘海子」からの帰り道、森の路傍に咲く雑草の中に、薊(あざみ)の花を見つけた。この花の名前を教えてくれた 今は亡き、忘れ難き人を思い出していた。(完)               表紙の写真:「黄龍」、「五彩池」から「黄龍寺」を見下ろす。  * Coordinator:  H. Gu

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