Images of エルゲラブ島
エメラルドの島と呼ばれる大西洋に浮かぶ島国アイルランド。この国では自然の造形とは思えないような風景がいたるところで旅人を魅了します。 なかでも奇跡の絶景ともいえるのが首都ダブリンから西に約250kmに位置する「破滅の崖」の意味を持つモハーの断崖。大西洋からそびえ立つ高さ約200mもの断崖絶壁が8kmにわたって連なる景色はまさに圧巻です。 崖の最高地点・214mに建つオブライエン塔はかつてのアイルランド王の子孫サー・コーネリアス・オブライアンによって、当時すでに多く訪れていた観光客のために1835年に建てられました。 晴れた日には遠くアラン諸島までが眺望できますが、霧に覆われていても息を呑むようなすさまじい景観が訪れる人々を楽しませてくれます。 Ireland Hiking, Ireland Tours, Scotland Tours, Ireland Travel, Tourism Ireland, Titanic, Derry City, Southern Ireland, Belfast City
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独立して30年,それまではフランスや英国領であった。「地上の楽園」と呼ばれているセイシエル諸島は、インド洋に浮かぶ110以上の島々からなる。
最大の島「マヘ島」に首都,ヴィクトリアがある。マヘ島−プララン島間は飛行機でわずか15分。空港からホテルまでは渋滞が続き30分を要す。国旗に表されている5つのカラー(青・黄・赤・白・緑)。青い空と太陽そして友愛と情熱。正義と調和、ミドリは国土を表す。
灼熱の太陽は肌を焦がすどころか思考力さえ鈍るほどの暑さ。体感温度は35度を超えているほどだ。この島では旅行社のツアーでなければ動きが取れない。個人旅行は大変難しく。町の雑貨店やレストラン・タクシー運転手などに少しずつ情報を聞きこみ行動を広げる。遠目にはエメラルドの海も,砂が巻き上がり,あまり海に入る気にもなれない。
しかしビーチの砂はキメが細かく素足にはとても気持ちがよく,水温も快適である。それ以後,海に入るのが日課になるとは思いもよらなかった。
早朝のビーチを散歩していると初めて,日本人の若い旅行者と出会う。関西鈍りの京都出身の二人。マヘ島の後はドバイ観光の予定らしい。日本語でしゃべれるのはやっぱり宜しいなぁ。立ち話に花が咲き,好感の持てる若者たちとは別れ,ビーチの波打ち際をひとり楽しむ。小鉄はまだ,ベットの中である。
人一倍汗かきの私は一日に3〜4回は着替える。おまけにこの島のディナーのドレスコードは長ズボンに襟付きシャツ。この暑いのに…と思っていたがレッストランの雰囲気から当然の店もある。宿泊先のホテルではドルかユーロしか支払いは通用しない
プララン島のヤミ両替で必要以上に交換して使途に困惑している。自国の通貨が使えないなんて…。島民がレストランで支払うのはセイシェルルピー。考えた挙句,宿泊外のホテルでは使える事に気が付いた。島の滞在中は両替レートのお陰で40%も得をした。贅沢三昧の毎日ではルピーも底をつき再両替をすることになる。儲かったと思っていた両替率もそれ以上の所があったのには失敗だった。
離島キッチンで行われた「宮崎県島浦島フェア」のフライヤー表面。 <海洋資源が豊かな島>をコンセプトに、カラー設定をし、海の豊さを連想させるよう魚のイラスト、波模様を使用。 Bullet Journal, Performance
オンパク仲間の延岡の友人に案内してもらった島。全国的には有名ではない島と思うけど、こんなに魅力的なところだなんて感動しっぱなし。直島と久高島で島が好きになって、この島浦島でダメ押しで、島の虜に。
海外もいいけど、日本の島は独特の匂いがしてたまらん。
今回はサドゥー(都城)とオカヨ(別府)とのフワフワトリオの珍道中。
島野浦(しまのうら)は宮崎県延岡市沖にあります。延岡市浦城町から北東へ約6km、高速艇ならわずか10分の距離です。現在の町名は「延岡市島浦町」。地元の人は親しみを込めて「しまんだ」と呼びます。昔から漁業が盛んな島で、「いわしの舞う島」と呼ばれた程。島の周囲は15km、リアス式海岸に囲まれ綺麗な海食トンネルがあります。また沖合ではオオスリバチサンゴやテーブルサンゴが群生し、綺麗な海が広がっています。
島の歴史は新しく、最も古い記述は「1596年」、藤原惺窩(ふじわらのせいか)の記した日記に「3軒程の民家があった」とあります。
そんな島野浦に今も語り継がれる伝説があります。それは「メキシコ女王伝説」です。伝説とは「江戸時代終わり頃にあった、ある出来事」なのですが...未だ多くの謎を残し、真実はわかっていません。島に行ったら是非、伝説のお話を島の人達に聞いてみて下さい。