Images of 雁木造

7/16(月)のPhotomemo日記宇久須・宮ん崎 (静岡県西伊豆町) なぜかアイゴまつり?沼津市の花 はまゆう (静岡県沼津市)松崎の地磯で五種目競技? (静岡県松崎町)西浦地区の磯 (静岡県沼津市) 駐車スペースは広いが・・・仁科港 (静岡県西伊豆町) 門限のある釣り場下田歌子勉学所跡 (岐阜県恵那市) 社会を変えるのは女性8/16(木)のPhotomemo日記松崎新港 (静岡県松崎町) 広い・きれい・トイレ・駐車場もあり笹子餅 (山梨県大月市) 時代は変わっても味は変わらず竜門の滝 (山梨県甲州市) 滝を探して迷走笹一酒造 酒遊館 (山梨県大月市) 伝説的な乱世武将がいる志下堤防・西郷島堤防 (静岡県沼津市) 西郷さんゆかりの島がある山中湖花の都公園 (山梨県山中湖村) 富士山とお花畑天目山・景徳院 (山梨県甲州市) 武田家滅亡の地えちごツーデーパス (JR東日本) 新潟県のJRを乗り倒そう越後妻有・大地の芸術祭 松代エリア (新潟県十日町市) 里山の芸術祭ほくほく線 ゆめぞら (北越急行) 列車の天井がスクリーンに塩沢牧之通り (新潟県南魚沼市) 三国街道塩沢宿と鈴木牧之長岡城跡 (新潟県長岡市) 本丸跡は駅に

李朝民芸 木雁 奠雁 木造 木彫 李朝時代 朝鮮美術 バンダジ トンケイ 李朝家具 李朝白磁 民藝 アイヌ プリミティブアートの商品情報 平均落札価格 6,385 円 最高落札価格 176,000 円 最低落札価格 80 円

鶴ヶ岡(当時名)に船で到着した芭蕉はその足で、庄内藩士で、芭蕉の俳句の弟子でもあった、長山重行宅を訪れ、3日間滞在する。
致道館の東側を内川が流れ、現在内川緑地と呼ばれるところで90度右に迂回し、更に蛇行を繰り返し、新内川と合流、新内川は赤川と合流し、更に赤川が最上川に注ぎこむことになる。
内川緑地を右折れし、橋を渡った所は旧内川乗船地が有った場所で、ここから芭蕉は酒田へ向けて船に乗る。
旧内川乗船地から北東に道が伸びており、この一帯に長山重行宅はあった。
芭蕉は長山重行宅滞在中連句を興行し、その時芭蕉が詠んだ発句が
めづらしや 山をいで羽の初茄子
現在長山重行宅の痕跡らし物は見当たらなかったが、空き地になっている一角の囲いの中に、上句を刻んだ碑が建っている。
文字の当て方が異なるが同じ句を刻んだ碑を、長山重行宅からやや北に向かった日枝神社の境内でも見ることが出来る。
珍しや 山をい出羽の初なすひ
旅行企画会社配布資料によると、日枝神社は鶴ヶ岡総鎮守三社の一つで、明治の初期迄下山王社と呼ばれていた。
徳川家康の長男信康の霊を祭る復鎮霊社もあり、その脇に樹齢350年、高さ約20mのケヤキの大木が聳える。
復鎮霊社の左に池が有り、小さな赤い太鼓橋が架かっている。
橋を渡った弁天島には厳島神社が建っており、芭蕉の句碑はその左脇にあった。
句に登場するなすは、近くの民田という村で江戸時代の初期から栽培されていた小振りの丸いなすで、庄内地方では漬物専用の"民田なす"として今でも親しまれているとのこと。
しかしこのなすは、土地が変わると味が変わってしまう為、庄内地方でしか採れない珍種らしい。
残念ながらこの旅行中で口にする機会は無かった。
これで鶴岡の観光を終わり、酒田に向かう。
芭蕉は内川乗船地から船で酒田に向かうが、我々は雪対策の雁木造(が んぎづくり)の商店街の前の道をバスで抜けて酒田へ。