Images of カルタヘナの港、要塞、歴史的建造物群
■恒例の年末年始車旅 【 ぐるっと九州の上半分を走破♪3泊4日 】
いまでも茅葺や桟瓦葺の町家が建ち並ぶ庄金保存地区の町並み〜の巻
∇浜庄津町浜金屋町(国の伝統的建造物群保存地区)
“庄金”は、江戸時代の庄津町と金屋町の頭文字を採った名前です。庄津は船頭、金屋は鍛冶屋のことで鍛冶屋などの職人や船頭などの住む町でした。いまでも草葺の町屋が残っています。
有明海の最も奥まった西の海岸沿いに佐賀県鹿島市が位置しています。その鹿島市のJR九州・長崎線の肥前浜駅前に、『肥前浜宿』(ひぜん・はましゅく)と呼ばれる古い街並みが残る地区があります。浜川の河口につくられた在郷町でした。
江戸時代には長崎街道の脇街道である多良海道(多良往還)の宿場町としても栄え、また有明海に臨む港町として栄え、明治以降も酒造業や水産加工業に支えられ、豊かな町並みがつくられてきました。人口も多く、江戸時代から『浜千軒』といわれてきたそうです。
この肥前浜宿にある『浜中町八本木宿』と『浜庄津町浜金屋町』の2つの地区が、平成18年(2006年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
肥前浜宿は、多良岳山系の良質な水と佐賀平野の米に恵まれ、江戸時代より酒造りが盛んなところでした。
浜川の左岸の多良海道沿いに開けた『浜中町八本木宿』地区に対して、右岸に開けた『浜庄津町浜金屋町』地区は、中世起源の漁師町・港町で、茅葺町家と桟瓦葺町家が混在する町並みは、『酒蔵通り』とは一味ちがった雰囲気があります。
海に近い場所なのに茅葺屋根が並ぶのはユニークです。昔は漁村も茅葺作りだったのでしょうか。
『浜庄津町浜金屋町』保存地区が位置する浜川河口近くの右岸は、すでに中世から成立していた港町で、近世には鹿島藩(鹿島鍋島家)の外港として、商人や船乗り、鍛冶屋等が住み発展しました。
町の中央を通る多良海道と小路が町の骨格を形成し、道沿いや敷地背後に水路が走っています。河港の在郷町としての地割をよく残し、茅葺や桟瓦葺の町家が建ち並ぶ、特色ある歴史的風致を今日によく伝えています。
浜庄津町は、船頭をさす庄津、鍛冶屋をさす金屋が住み分けたことから通称『庄金地区』とも呼ばれています。
≪ 2日目(12/30) ≫
▼早朝、佐世保駅前H出発
▼国道35号線
▼シーボルトのあし湯・・・佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙
▼シーボルトの湯・・・佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙
▼嬉野町並み散策・・・佐賀県嬉野市嬉野町下宿〜下野
▼元祖忍者村・・・佐賀県嬉野市嬉野町大字下野甲
▼塩田宿古い町並み散策・・・佐賀県嬉野市塩田
▼浜庄津町浜金屋町茅葺集落散策・・・佐賀県鹿島市浜町南舟津
▼浜中町八本木宿散策・・・佐賀県鹿島市浜町中町
▼国道444号線
▼萱瀬ダム・・・長崎県大村市黒木町
▼大村公園・玖島城跡散策・・・長崎県大村市玖島
▼大村神社散策・・・長崎県大村市玖島
▼大村市森園公園・・・長崎県大村市森園町
▼天正遣欧少年使節顕彰之像・・・長崎県大村市森園町
▼長崎自動車道大村インタON
▼ながさき出島道路OFF
▼眼鏡橋・・・長崎県長崎市魚の町
▼忘年会・・・長崎県長崎市銅座町
▼長崎駅前H泊
≪ 3日目(12/31) ≫ へつづく・・・
【 手記 】
恒例となった年末年始九州の旅。今回は(も?)広島から下関〜佐世保九十九島〜嬉野市〜鹿島市〜大村市〜長崎市内〜島原半島(多比良町→長州フェリー)〜玉名市〜八代市〜高千穂〜阿蘇山〜九重方面へとルートをとり、のんびりゆっくりと九州の上半分を反時計回りに走り回ってきました。
車旅ですから細かい予定はありませんが、今回は未だ行ったことがない歴史ある古い町並みの散策を目的に動き回ろうと考えておりました。
表紙の写真は浜庄津町浜金屋町伝統的建造物群保存地区の「茅葺建屋群」です。