Images of 星のカービィ 虹の島々を救え!の巻
貧乏客船の35日(6)
マラッカ海峡は星の海峡。
銀河を貫いて船は進んだ。
船はその日の夕方シンガポールを出た。
よく晴れた穏やかな夕暮れだった。
街の灯ががともり始めたシンガポールの海に夕日が沈むと、
船は間もなくマラッカ海峡に入った。
夕食を済ませて甲板に出ると、日はすっかり暮れ落ち、
完璧な闇の中に人声がしていた。
英語で「サザンクロス」という言葉が聞こえた。
オーストラリア人のポールのようだった。
「そうや、南十字が見えるはずや」
隣りで北川の声がした。
その、意外に小さな十字型の星座はすぐにわかった。
小さいけれども、すっきりとしたその形は
天の一角に印象的な図形を見せている。
それにしても、ほとんど幻覚ではないかと思われるような、
すさまじい星空だった。
星空、というよりは、
船が宇宙の星々の間を航行しているといったほうが近かった。
こうも星が多いと、星座を形作る星たちの並びが認識できない。
さそり座だけはわかったが、
南十字のほかにも
日本からは見えない南の星座をぼくは思い出そうとしていた。
でもそれを見つけるのはもうほとんど無理な作業だった。
ぼくはもう、ただこの星たちの空間に身をゆだね、
宇宙空間に浮かんだような錯覚を楽しんだ。
星々は船を包み、船の動きについて走った。
「ジョバンニとカンパネルラや」
「宮沢賢治ね」
「そうそう、天国行きの列車や」
「うん、銀河鉄道は天国行き」
ざわめく波の音が少し強くなって、ぼくは船の揺れを意識した。
天空が緩やかなリズムで揺れ始めた。
今夜は寝ないでここに立っていてもいい、
そんなことを思いながら、
その揺れに合わせて小さく歌った。
夕日落ちて空暗く
寝に行く鳥影消えぬ
星は醒めて花眠り
今日は去りて夜は来ぬ
(賛美歌49番)
気持ちが、とても落ち着いていた。
周囲の人声が消えていた。
北川も部屋に戻ったらしい。
星空の中に一人取り残されて、
ぼくはまだ、右に左に大きくゆったりと揺れ動く天空に
心地よく酔っていた。
部屋に戻ると今見たものを手帳に書き付けた。
マラッカ海峡、星の海峡…。
長い航海のあれこれをいちいち書き立てることが
もしなかったとしても、
赤道の夜の、
この世のものとも思われぬ星空のことだけは
書き留めておかなければならないという気がした。